-腸細胞内のヘムの量が細胞の生死を決める-
2026年8月26日
理化学研究所
神戸大学
-腸細胞内のヘムの量が細胞の生死を決める-
理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター 動的恒常性研究チームのユ・サガン チームディレクター(神戸大学 大学院医学系研究科 客員准教授)、森川 源大 大学院生リサーチ・アソシエイト(神戸大学 大学院医学研究科 博士課程学生)らの共同研究グループは、ショウジョウバエ[1]を用いて、古い腸細胞が新しい細胞に置き換わるときに起きる暗黒の細胞死エレボーシス[2]が、細胞内のヘム[3]という鉄を含む分子により制御されていることを明らかにしました。
本研究成果は、臓器や組織の機能・形態の恒常性維持に重要な役割を担う細胞の新陳代謝の仕組みについて新たな知見をもたらすとともに、将来的にはがんなど異常細胞が蓄積する機構の解明にもつながる可能性があります。
さまざまな動物の腸では、細胞が日々置き換わることで腸の恒常性が維持されています。ショウジョウバエでは、古い腸細胞はエレボーシスという細胞死で除去されます。エレボーシスは、アポトーシス[4]など他の細胞死とは異なる特徴を持つ細胞死であり、その制御機構はよく分かっていません。
今回、共同研究グループは、細胞内のヘムの減少がエレボーシスを引き起こし、それにより腸細胞の新陳代謝が維持されることを発見しました。さらに、ヘムの増加によりエレボーシスが抑制される過程では、シグナル伝達経路の一つであるDpp/BMPシグナル[5]が関与していることも分かりました。これらの結果により、これまで未知だったエレボーシスの制御機構の一端が明らかになりました。
本研究は、科学雑誌『PLOS Biology』オンライン版(8月19日付)に掲載されました。

腸細胞のエレボーシス(黒い細胞)を抑制するヘム
動物の体には、古くなったり傷ついたりした細胞が死ぬことで、積極的にその細胞が取り除かれる仕組み(細胞死)があります。細胞死は、細胞の置き替わりを促進し、臓器の機能や形を維持する重要な役割を担います。また細胞死にはがん細胞を殺す役割もあり、アポトーシスなどの細胞死が起こりにくくなると、がん細胞が蓄積することが分かっています。
2022年、ユチームディレクターらは、ショウジョウバエの腸でこれまで知られていなかった新しいタイプの細胞死を発見し、エレボーシス(暗黒の細胞死)と名付けました注1)。エレボーシスはショウジョウバエの腸細胞の新陳代謝を制御する中心的な仕組みであり、また哺乳類の脳でもエレボーシスが起きている可能性が示唆されています。
最近の研究では、ショウジョウバエの食餌に含まれる栄養が少ないと細胞内の流動性が低下し、エレボーシスが促進されて不要な腸細胞を減らすことが明らかになっています注2)。しかし依然として、エレボーシスを制御している分子機構は不明なままです。共同研究グループは今回、どのような分子機構によりエレボーシスが制御されるのか、その仕組みの解明に挑みました。
共同研究グループはまず、ショウジョウバエの腸から正常な腸細胞とエレボーシスを起こした細胞(エレボーシス細胞)を採取し、理研最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部オミクス計算モデル開発チームの林哲太郎技師、二階堂愛チームディレクターらが開発したRamDA-seq法[6]というシングルセルRNAシーケンス[6]で細胞ごとの遺伝子発現を網羅的に解析・比較しました。その結果、採取した正常細胞の中に、エレボーシス細胞に特徴的な遺伝子発現パターンを示す細胞が含まれていることが分かりました。これらは、今まさにエレボーシスを起こそうとしている細胞(エレボーシス前駆細胞)であると考えられます。そこで次に、エレボーシス前駆細胞で活性化している遺伝子を特定し、それらの阻害実験を実施しました。その結果、ヘムという鉄を含む分子を分解する酵素であるヘムオキシゲナーゼ[7]の活性を阻害すると、エレボーシスが抑制されることが分かりました(図1)。

図1 細胞内ヘム増加によるエレボーシス抑制
顕微鏡観察により、視野内の細胞の何割がエレボーシスを生じたかを頻度(細胞がエレボーシスを起こしている割合)ごとに三つのカテゴリー(低頻度、中頻度、高頻度)に分けたグラフ。数字は観察例数を示す。ヘムオキシゲナーゼ遺伝子を独立した二つの手法で阻害したところ、コントロールに比べてエレボーシスが抑制される傾向が再現性よく認められた。p値はフィッシャー検定による値で、統計的な有意差を評価する。
ヘムオキシゲナーゼの阻害は、ヘムの分解産物を減少させ、細胞内のヘムを増加させる効果があります。ヘムの分解産物の減少とヘムの増加のどちらがエレボーシスに影響しているかを調べるため、ヘムオキシゲナーゼの阻害ではなく、ヘムを細胞外に排出するタンパク質の阻害や、ヘムの前駆体を直接与える実験を行いました。これらはいずれもエレボーシスの頻度を低下させたことから、どのような方法を用いたとしても細胞内のヘムを増やすと、エレボーシスが減少するということが分かりました。逆に、ヘムを排出するタンパク質の量を増やすと、エレボーシスは増加しました。これらの結果は、ヘムそのものの増加と減少が、それぞれエレボーシスを抑制・誘導することを示します。
それでは、エレボーシスを起こした細胞ではヘムの量はどうなっているのでしょうか。生理的な条件下でのエレボーシス細胞と正常腸細胞でヘムを観察すると、エレボーシス細胞でヘムは確かに減少していました(図2)。また、エレボーシス前駆細胞では、ヘムオキシゲナーゼ遺伝子の発現が上昇していたことがシングルセルRNAシーケンスで判明しています。つまり、エレボーシス前駆細胞の段階でヘムオキシゲナーゼによりヘムが分解されて少なくなり、その結果、エレボーシスが起こるという機構が明らかになりました。

図2 エレボーシス細胞におけるヘムの量
左の顕微鏡像は、ヘムを緑色で、エレボーシス細胞をマゼンタで標識した細胞の蛍光観察。同一視野でヘムのみを観察すると、エレボーシス細胞では、周囲の腸細胞に比べてヘムの量が少ないことが分かる。右のグラフは、緑色蛍光の強さから細胞内ヘム量を比較定量したもの。縦軸の数値は任意単位。p値はt検定による値で、統計的な有意差を評価する。スケールバーは10マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)。
次に共同研究グループは、ヘムの増加でエレボーシスが抑制される分子メカニズムを調べました。細胞内のヘム量の増加によりエレボーシスが減少した腸の遺伝子発現をRNAシーケンス[8]で調べ、正常な腸と比較したところ、エレボーシスが減少している腸ではDpp/BMPシグナルが活性化していました。実際に腸を観察すると、エレボーシスを起こしている細胞ではDpp/BMPシグナルの活性が低下していることが分かりました(図3)。

図3 エレボーシス細胞におけるDpp/BMPシグナル活性
腸細胞を緑色蛍光で標識すると、エレボーシス細胞は周囲の細胞よりも緑色が薄く見える(白い線で囲まれた細胞)。このとき、Dpp/BMPシグナルが活性化した細胞の核をマゼンタで標識すると、エレボーシス細胞でDpp/BMPシグナルが低下していることが分かる。スケールバーは25μm。
そこで、実験的にDpp/BMPシグナルを腸で活性化させると、エレボーシスが減少し、逆にDpp/BMPシグナルを抑制した腸ではエレボーシスが増加しました。これらの結果からは、Dpp/BMPシグナルがエレボーシスを制御する細胞内シグナリングであることが分かりました。さらに、ヘムを増加させた腸でも、Dpp/BMPシグナルを抑制すると減少していたエレボーシスが再び増加しました。これは、Dpp/BMPシグナルはヘム量の増加を下流に伝えることでエレボーシスを抑制することを示します。
最後に、エレボーシスを抑制すると、新たな細胞の増殖や腸全体の大きさはどう変化するのか調べました。細胞内のヘムを人為的に増やしエレボーシスを抑制した腸では、腸の面積(腸上皮の大きさ)や腸細胞の密度は変化していませんでしたが、分裂中の腸幹細胞[9]の数は有意に減少していました(図4)。つまり、エレボーシスが抑制されて取り除かれる腸細胞が減ると、幹細胞の増殖が抑制されて腸が大きくなり過ぎないようにする仕組みがあるのです。この観察結果は、エレボーシスと腸幹細胞の分裂制御に密接なつながりがあることを示します。

図4 細胞内ヘム量の腸面積・腸幹細胞分裂への影響
細胞内ヘムを増加させエレボーシスを抑制しても腸の面積は変わらないが(左)、腸幹細胞の分裂は抑制される(右)。すなわち、腸の細胞死(エレボーシス)と腸幹細胞増殖のバランスが取れていることを示す。
以上の結果から、エレボーシス前駆細胞でヘムが分解され減少することがエレボーシスの引き金となり、腸細胞ではDpp/BMPシグナリングを介して細胞死が誘導されるとともに、腸幹細胞が分裂して細胞の置き代わりが促進されることが分かりました。エレボーシスは、腸細胞を更新すると同時に必要な数だけ新たな細胞をつくり出すことで、古い細胞の蓄積や腸の肥大・がん化を防ぐ重要な役割を果たしていると考えられます。
今後の期待エレボーシスはユチームディレクターらが2022年に報告した現象ですが、今回初めて、エレボーシスを制御する分子や遺伝子を見いだすことができました。今後は、今回発見した分子を足掛かりにして、さらにエレボーシスの機構の解明が進むと期待されます。
特にヘムは、タンパク質に結合して酸素分子の運搬やエネルギー産生、遺伝子発現の調節などさまざまな細胞機能に関わる重要な分子ですが、細胞内シグナリングの制御にも関わっていることが今回の研究で明らかになりました。ヘム代謝やDpp/BMPシグナリングはヒトにも存在する普遍的な分子機構であり、これらがヒトでも腸などの上皮細胞の置き換わりや、がんの抑制に働いているのかを明らかにすることがこれからの課題です。
補足説明理化学研究所
生命機能科学研究センター 動的恒常性研究チーム
チームディレクター ユ・サガン(Sa Kan Yoo、兪史幹)
(神戸大学 大学院医学系研究科 客員准教授)
大学院生リサーチ・アソシエイト 森川 源大(モリカワ・モトヒロ)
(神戸大学 大学院医学研究科 博士課程学生)
大学院生リサーチ・アソシエイト 綿 和也(ワタ・カズヤ)
大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時)池川 優子(イケガワ・ユウコ)
テクニカルスタッフⅠ 高野 智美(タカノ・トモミ)
大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時)西田 弘(ニシダ・ヒロシ)
国際プログラム・アソシエイト ラフール・パリット(Rahul Parit)
国際プログラム・アソシエイト ダオ・ミー・リン(Dao My Linh)
研修生(研究当時)サイ・チュン・ワン(Sy Chun Wang)
最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 オミクス計算モデル開発チーム
チームディレクター 二階堂 愛(ニカイドウ・イトシ)
技師 林 哲太郎(ハヤシ・テツタロウ)
テクニカルスタッフⅠ 久世 真理子(クセ・マリコ)
専門技術員 芳村 美佳(ヨシムラ・ミカ)
神戸大学 大学院農学研究科
准教授 京極 博久(キョウゴク・ヒロヒサ)
岐阜薬科大学 大学院薬学研究科 ケミカルバイオロジー研究室
教授 平山 祐(ヒラヤマ・タスク)
博士課程大学院生 河合 寛太(カワイ・カンタ)
九州大学 大学院医学研究院
助教 衞藤 貫(エトウ・カン)
本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「エレボーシスを切り口とした腸恒常性維持機構の解明(研究代表者:兪史幹、JPMJFR216F)」、同戦略的創造研究推進事業CREST「ゲノムレジリエンス破綻の理解と未来予測(研究代表者:二階堂愛、JPMJCR21N6)」による支援を受けて行われました。
原論文情報理化学研究所
生命機能科学研究センター 動的恒常性研究チーム
チームディレクター ユ・サガン(Sa Kan Yoo、兪 史幹)
(神戸大学 大学院医学系研究科 客員准教授)
大学院生リサーチ・アソシエイト 森川 源大(モリカワ・モトヒロ)
(神戸大学 大学院医学研究科 博士課程学生)
ユ・サガン、森川 源大
エレボーシスで何が起こっているのか、どんな遺伝子が働いているのか全く分からないところからスタートしたプロジェクトでしたが、さまざまな手法を組み合わせてヘムとDpp/BMPシグナリングにたどり着くことができました。生物に潜む新しい仕組みを見いだせたことは素晴らしい経験です。協力いただいた多くの共同研究者の皆さんに感謝しています。(森川 源大)
全く分子機構が分かっていなかったエレボーシスの正体が徐々に分かってきました。森川くんを筆頭に、理研所内外の研究者の努力のおかげです。今回の発見を足掛かりに、今後も自分たちが発見したエレボーシスの研究をさらに発展させていきたいです(ユ・サガン)
報道担当理化学研究所 広報部 報道担当
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Tel: 078-803-5106
Email: ppr-kouhoushitsu@office.kobe-u.ac.jp
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