-貯蔵タンパク質が栄養記憶を担うことをハエで明らかに-
2026年9月24日
理化学研究所
-貯蔵タンパク質が栄養記憶を担うことをハエで明らかに-
理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター 栄養応答研究チームの小坂元 陽奈 基礎科学特別研究員(研究当時)、小幡 史明 チームディレクター、生命医科学研究センター プロテオーム恒常性研究ユニットの今見 考志 ユニットリーダーらの研究グループは、ショウジョウバエ[1]を用いた研究により、幼少期の栄養環境を「記憶」するタンパク質注1)を特定し、このタンパク質の増減が寿命を制御することを発見しました。
本研究成果は、「幼少期の栄養が一生の健康を左右する」分子メカニズムを明らかにするものであり、将来的には健康寿命の延伸に向けた食事介入法の開発に貢献すると期待されます。
食餌制限が寿命延長効果を示すことは、さまざまな動物で確認されています。発達・成長期などライフステージ早期だけの食餌、特にたんぱく質注1)の制限でも寿命が延びる例が知られていますが、なぜ早期のたんぱく質摂取が長期的に健康状態に影響するのかについてはよく分かっていませんでした。
今回、研究グループは、安定同位体[2]を用いた栄養追跡法[2]により、ショウジョウバエが幼虫期に摂取したアミノ酸が成虫初期まで保持され、リボソーム[3]タンパク質などの合成に再利用されることを明らかにしました。さらに、幼虫期にアミノ酸摂取を減らすと貯蔵タンパク質[4]Lsp2[4]が減少し、成虫初期のタンパク質合成が抑えられ、結果として寿命が延びることが分かりました。以上の結果から、Lsp2は幼虫期の「栄養記憶[5]」と寿命をつなぐ重要な役割を担うことが示されました。
本研究は、科学雑誌『Nature』オンライン版(9月23日付:日本時間9月24日)に掲載されました。

幼虫期の栄養が寿命を制御する仕組み
食環境と健康寿命の関係を調べた研究には長い歴史があります。1935年、栄養欠乏に至らない範囲で食餌を制限する(腹八分目にする)と、ラットの寿命が延びることが示されました注2)。以来、腹八分目による健康増進のメカニズムの解明が進められています。興味深いことに、食餌を制限する期間を発達・成長期などライフステージの早期に限定した場合でも寿命が延ばせることが、さまざまな動物種を用いた研究から明らかになっています。しかし、一時的な栄養環境の違いが、なぜその後何カ月あるいは何年にもわたって体に影響を残すのか、その仕組みはほとんど分かっていませんでした。
そこで研究グループは、寿命研究で広く利用されるショウジョウバエを用いて、幼虫期だけ栄養条件を変え、その後は通常の餌で一生飼育する実験系を構築しました。完全合成餌[6]による栄養操作、代謝分析、安定同位体を利用した栄養追跡技術、遺伝学を組み合わせることで、ライフステージの早期に摂取した栄養が体内でどのように利用され、長期的に生体応答にどう関わるのかを解析しました。
研究グループはまず、幼虫期のみ、たんぱく質を制限した条件でショウジョウバエを飼育しました。この幼虫が羽化した後、成虫では通常の餌を食べ続けても、最大で2割程度寿命が延びました。この現象はオスでもメスでも見られ、成虫の大きさは1割程度小さくなり、メスが産む卵の量も3割ほど低下しました(図1)。すなわち幼虫期のたんぱく質制限による寿命延長は、成長・生殖とトレードオフ(二律背反)の関係がありました。完全合成餌を用いて、幼虫期のみアミノ酸摂取を制限した場合にも、同様に最大で2割程度寿命延長が見られたことから、この効果はアミノ酸によることが示唆されました。また、幼虫期に続いて成虫でもアミノ酸を制限すると、さらに寿命が延びることも分かりました。

図1 幼虫期たんぱく質制限による寿命延長・体重減少・産卵数低下
幼虫期たんぱく質制限による寿命延長効果は、幼虫期に摂取したたんぱく質・アミノ酸が、成虫にまで引き継がれて影響を及ぼしている可能性を示唆します。そこで、通常濃度の安定同位体で標識したアミノ酸を用いて完全合成餌を作製し、これを与えて、餌中アミノ酸がいつまで、どのように体内に残り続けるかを追跡する実験を行いました。その結果、幼虫期に摂取したアミノ酸はタンパク質の構成成分として成虫にも多く残っていることが分かりました。特に、細胞内でタンパク質を合成する「細胞質リボソーム」の構成タンパク質には、幼虫期に摂取したアミノ酸が多く含まれていました。幼虫期に栄養制限を行った(長寿の)ショウジョウバエでは、幼虫期に由来する(成虫初期の)細胞質リボソームが減少し、タンパク質合成(翻訳)能も低下していることが分かりました(図2)。

図2 幼虫のアミノ酸摂取量に依存する成虫のタンパク質合成
さらに解析を進めた結果、幼虫期の栄養制限と成虫初期のタンパク質合成低下をつなぐ中心因子として「Lsp2」という貯蔵タンパク質を発見しました。幼虫期の栄養制限によってLsp2が減少すると、そのまま成虫初期でもLsp2が減少し続けることが分かりました。また、栄養制限以外の方法としてLsp2を遺伝子操作で減少(ノックダウン[7])させた場合にも、タンパク質合成が低下し寿命が延長する効果が得られ、Lsp2が寿命制御の中心的な役割を担うことが示されました。興味深いことに、ノックダウンによりLsp2を減少させた場合は、成長や生殖にはほとんど影響が見られず、トレードオフを回避できることも分かりました(図3)。

図3 タンパク質翻訳と寿命の制御に関わる貯蔵タンパク質Lsp2
Lsp2は、チロシン[8]やフェニルアラニン[8]などの芳香族アミノ酸[8]を豊富に含む貯蔵タンパク質です。実際、幼虫期の栄養制限や、ノックダウンによるLsp2の減少により、成虫全身のチロシンとフェニルアラニンの総量は、2割ほど減少していました。そこで、幼虫期にチロシンやフェニルアラニンだけを制限した餌を与えたところ、この場合にもLsp2の減少と寿命延長が再現されました。この結果は、これまで小坂元 基礎科学特別研究員らが報告していた、ショウジョウバエはチロシンを感知してたんぱく質制限応答を起こすという結果とも合致するものでした注3、4)。
以上の結果から、研究グループは、貯蔵タンパク質が幼少期の栄養状態を「記憶」し、その情報を成体期まで持ち越すことで寿命を制御するという新しい仕組みを提唱しました。
「幼少期の環境要因が将来の健康を左右する」という現象は「DOHaD(健康と疾患の発生起源説)[9]」として広く認識され、胎児期や幼少期の栄養状態が、その後の肥満や糖尿病、老化などに長期的な影響を及ぼすことが報告されています。しかし、その分子基盤はほとんど分かっていませんでした。今回の研究成果は、そのメカニズムにおいて、貯蔵タンパク質の増減という新たな概念を提示するものです。
栄養の貯蔵においては、糖や脂質など、エネルギーについての研究が進んでいます。一方タンパク質を構成するアミノ酸は貯蔵が難しく、特に必須アミノ酸は食べ続けなければならないと考えられています。今回の発見は、「アミノ酸貯蔵に関わるタンパク質の量が、個体の栄養状態の指標として認識される」こと、「アミノ酸貯蔵量の低下が栄養の減少(=腹八分目)として認識される」ことを示していると考えられます。このようなアミノ酸貯蔵感知機構の解明により、栄養応答に関する理解が今後さらに深まると期待されます。
今回発見した仕組みはショウジョウバエで見いだされたものですが、ヒトにも血液中に大量に存在するアルブミンやグロブリンなど、類似した働きを担う可能性のあるタンパク質が存在します。今後、哺乳類においても同様の仕組みが存在するかを検証することで、幼少期の食事がヒトの健康寿命を決める分子基盤の理解につながることが期待されます。
補足説明理化学研究所
生命機能科学研究センター
栄養応答研究チーム
チームディレクター 小幡 史明(オバタ・フミアキ)
基礎科学特別研究員(研究当時、現 客員研究員)小坂元 陽奈(コサカモト・ヒナ)
テクニカルスタッフⅠ 岡田 莉奈(オカダ・リナ)
テクニカルスタッフⅠ 的場 綾子(マトバ・アヤコ)
生命医科学研究センター
プロテオーム恒常性研究ユニット
ユニットリーダー 今見 考志(イマミ・コウシ)
統合ゲノミクス研究チーム(研究当時)
チームディレクター(研究当時)清田 純(セイタ・ジュン)
テクニカルスタッフⅠ(研究当時)クライブ・バーカー(Clive S. Barker)
環境資源科学研究センター
生命分子解析ユニット
ユニットリーダー 堂前 直(ドウマエ・ナオシ)
本研究は、理化学研究所運営費交付金(生命機能科学研究)で実施し、主に日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業「健康・医療の向上に向けた早期ライフステージにおける生命現象の解明」の研究開発課題「発生期環境による寿命制御機構の解明(研究開発代表者:小幡史明、JP20gm6310011)」、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「固有栄養感知機構の解明と応用(研究代表者:小幡史明、JPMJFR2337)」「タンパク質翻訳機構のプロテオームレベルでの再考(研究代表者:今見考志、JPMJFR214L)」、同戦略的創造研究推進事業ACT-X「内在及び人工アミノ酸センサーの同定と開発(研究代表者:小坂元陽奈、JPMJAX2226)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「神経の栄養プログラミング機構の解明(研究代表者:小幡史明、JP19H03367)」「排出を起点とした代謝恒常性制御機構の遺伝学的解析(研究代表者:小幡史明、JP23K24032)」、同学術変革領域研究(A)「タンパク質寿命の大規模計測技術と寿命制御原理(研究分担者:今見考志、JP23H04924)」、同研究活動スタート支援「タンパク質飢餓への適応を可能とするチロシンセンシングの分子機構の解明(研究代表者:小坂元陽奈、JP22K20731)」、武田科学振興財団生命科学研究助成「早期ライフステージの栄養制限による寿命伸縮機構の解明(研究代表者:小幡史明)」、"la Caixa" Foundation's 2023 CaixaResearch Health Grant "From metabolic space to neuronal space: mapping how nutrients affect brain function and behavior"(研究代表者:Carlos Ribeiro、HR23-00516、研究分担者:小坂元陽奈)による助成を受けて行われました。プロテオーム解析はR-COMS_IMSマルチオミクス基盤部・プロテオーム解析ユニットによる研究支援を受けて実施されました。
原論文情報理化学研究所
生命機能科学研究センター 栄養応答研究チーム
チームディレクター 小幡 史明(オバタ・フミアキ)
基礎科学特別研究員(研究当時)小坂元 陽奈(コサカモト・ヒナ)
生命医科学研究センター プロテオーム恒常性研究ユニット
ユニットリーダー 今見 考志(イマミ・コウシ)
10年近くかかりましたが、栄養と健康寿命をつなぐ(たくさんある)メカニズムの一つがやっと分かった気がしました。安定同位体による栄養トレーシングをもっと先鋭化させて、たくさんのクエスチョンを解いていきたいと思います。(小幡 史明)
貯蔵タンパク質が栄養記憶を伝える、というシンプルなストーリーにたどり着くまで、大変な寿命解析を際限なく繰り返す必要がありました。膨大な実験に物理的・精神的に貢献してくれた多くの方に感謝を伝えたいです。(小坂元 陽奈)
タンパク質を網羅的に測定する技術と遺伝・栄養学的手法が非常にうまくマッチしました。異なるラボ・センターが有する独自の技術を融合して大きなクエスチョンに挑んだ過程はとてもエキサイティングでした。(今見 考志)
報道担当理化学研究所 広報部 報道担当
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