-離乳期の下痢寛解のための分子機序の推察-
2026年8月21日
理化学研究所
九州大学
千葉大学
金沢大学
広島大学
北里大学
慶應義塾大学先端生命科学研究所
国立健康危機管理研究機構
-離乳期の下痢寛解のための分子機序の推察-
理化学研究所(理研)生命医科学研究センター 粘膜システム研究チームの大野 博司 チームディレクター、宮本 浩邦 客員主管研究員、共生微生物叢研究チームの須田 亙 チームディレクター、服部 正平 客員主管研究員(研究当時)、光量子工学研究センター 光量子制御技術開発チームの和田 智之 チームディレクター、バイオリソース研究センター 統合情報開発室の桝屋 啓志 室長、環境資源科学研究センター 環境代謝分析研究チームの菊地 淳 チームディレクター、九州大学 大学院農学研究院の髙橋 秀之 准教授、千葉大学 大学院園芸学研究院の児玉 浩明 教授、金沢大学 疾患モデル総合研究センター 研究基盤支援施設の西内 巧 准教授、広島大学 大学院統合生命科学研究科の稲生 雄大 助教、北里大学 医療衛生学部の佐藤 隆司 講師、慶應義塾大学 先端生命科学研究所の福田 真嗣 特任教授、国立健康危機管理研究機構の山本 直樹 名誉所員らの共同研究グループは、高温発酵飼料由来の好熱菌[1]のカルディファーメンティバシラス・ヒサシイ(C.hisashii)[1]が、家畜モデルの子牛の下痢を改善(寛解)する仕組みの一端について、統合マルチオミクス解析[2]によって明らかにしました。
薬剤耐性(AMR: antimicrobial resistance)菌のまん延を防ぐために、抗生物質に頼らない畜産経営が世界的に求められている中で、本研究の成果は、貴重なアプローチの一つであることが示唆されています。
本研究は、科学雑誌『Microbiome』オンライン版(8月5日付)に掲載されました。

本研究の概要
2009年に提唱された「プラネタリーバウンダリー[3]」は、人類が地球上で持続的に生存するための環境条件における限界点を示す概念で、その限界点の回避は喫緊の課題となっています。中でも、人工的に合成された抗菌薬の生物圏への流入と、それに伴う生物多様性の喪失は、極めて危険なレベルに達しており、感染症に対する人工抗菌薬の過剰な使用は、薬剤耐性菌のまん延を招く可能性が指摘されています。こうした状況に対し、生物多様性の回復、すなわち「ネイチャーポジティブ(自然再興)[4]」を迅速に進展させること、そして、ヒトと動物の健康を同じ目線で捉えた「One Health(ワンヘルス)[5]」の取り組みを進めることが世界的な目標として掲げられています。
抗菌薬に依存しない健康管理が求められる中で、その課題が最も切実に現れる場面の一つが、家畜やヒトにおける下痢(消化器疾患)です。例えば、世界的には家畜のみならずヒトにおいても主要な死因の一つが下痢であることが知られています。一般的に、下痢は消化管内の水分や電解質輸送の障害による栄養吸収不良の臨床症状の一つです。畜産業界では家畜の下痢による消化不良が生産性に悪影響を及ぼし、死亡率を増加させます。しかし多くの場合、細菌やウイルス感染以外に可能性のある病因を特定することは困難です。
哺乳類の腸管には多様な微生物が多く生息しており、健康な腸内マイクロバイオームは腸管の上皮細胞を損傷から守ることが知られています。そのため、近年、乳酸菌を用いたプロバイオティクス(健康上の利益をもたらす微生物)や糞便(ふんべん)マイクロバイオータ移植(FMT)による下痢治療が試みられています。
このような時代背景の中で、好熱性のバシラス科(Bacillaceae)[6]を含む好熱菌群を用いたリサイクル技術を活用した発酵産物が、微生物共生系を制御し、植物の肥料や動物の飼料として有用であることが報告されています。その機能性は、理研内外のさまざまな共同研究の連携によって明らかになりつつあります注1~8)。とりわけ好熱菌の一つである「カルディファーメンティバシラス・ヒサシイ(C.hisashii)」が、家畜(ウシ)の腸内細菌叢(さいきんそう)を改善する傾向(短鎖脂肪酸の産生に関与し得るバクテロデス門の増加とメタン産生菌の減少など)があることが明らかになっています。本研究では、このような機能性が、腸内かく乱の一つである下痢の改善に寄与するかどうかを検討しました。
本研究では、上述した腸内環境改善機能を幅広く有する、好熱菌C.hisashiiを含む高温発酵混合飼料を基本飼料に極少量(餌重量1g当たり100個前後)を添加するフィールドモデル試験系(試験農場:大分県にある九州大学農学部附属農場高原農業実験実習場)において、黒毛和種の子牛の下痢が寛解する現象を確認しました。そして、糞中(ふんちゅう)の細菌叢と代謝物に対するマルチオミクス解析データ、ならびに供試プロバイオティクス(善玉菌候補)のゲノム情報に基づいて、作用機序の一端を明らかにすることができました。具体的には次の通りです。
かねてより、現場では、原因不明の下痢の発生が認められる子牛に対して好熱菌C.hisashiiを投与すると、下痢症状が寛解する現象を確認していました(図1a)。そこで、本研究では、下痢発生が認められる子牛を対象とした試験グループを設定した上で、C.hisashii投与前後、ならびに下痢の寛解後の経時変化を観察し、下痢の時間的パターンを統計処理するとともに、糞の性状を評価しました(図1b)。

図1 下痢寛解の経時変化
次に、糞中の細菌叢と代謝物を対象としたマルチオミクス解析データに基づいて、計算科学的な評価[7]を加え、さらに当該C.hisashiiのゲノム解析データに基づいて、作用機序の一端を推定しました(図2)。

図2 本研究の解析手順
下痢牛、ならびに下痢寛解後の排せつ糞を対象としてマルチオミクス解析を実施し、計算科学的な評価を進めた。さらに、投与プロバイオティクスである好熱菌C.hisashiiのゲノム解析データに基づいて、統合的な作用機序解明を試みた。
効果量の計算の結果、両群のデータ分布が完全に分離し、一方の群の全データが他方を上回る代謝物として7種類が選抜されました(図3)。中でも、酪酸[8]、ならびに2-アミノイソ酪酸(AIB)[9]は重要因子として選抜されました。さらに、C.hisashiiのゲノム解析データに基づいて、この二つの代謝物について、生合成遺伝子クラスター(BGC)[10]の有無を確認することができました。

図3 酪酸など7種類の特徴的な代謝物の変化
効果量によって選抜された代謝物群(クリフデルタ解析の値として1.00)を対象として、C.hisashiiのゲノム上に対応する生合成遺伝子クラスター(BGC)が同定されたものを緑色、同定されなかったものを青色で示している。各棒グラフの右側のp値は、全グループの割り当てパターンを調べる統計手法である正確並べ替え検定による正確p値を示している(有意水準p<0.05)。
さらに、C.hisashii由来の生合成遺伝子クラスターとプロテオーム解析[11]データを照合しました。酪酸の生合成に関しては、古典的な酪酸発酵経路に関与する五つの酵素(AtoB、ACD、ECH、BHBD、CtfB)をコード(暗号化)する遺伝子クラスターが同定されました(図4a、b)。AtoBおよびECHの二つの酵素はプロテオーム解析においても確認されました。AIB含有ランチビオティック[12]の生合成に関しては、antiSMASH解析[13]によりランチペプチドClass Iの抗菌性ペプチド生合成遺伝子クラスターが予測されました(図4c)。生合成経路として、前駆体コアペプチドSunAホモログ(相同体)から脱水、環化(環状構造の形成)、リーダーペプチド切断、排出を経て成熟ランチビオティックに至る経路が推定されました(図4d)。また、自己耐性システムの構成遺伝子も本クラスター内に同定されました。さらに、図中のIcmF(図4c)がBCG内に存在しており、プロテオーム解析でも確認されました。IcmFは酪酸生合成とAIB生合成をつなぐ代謝的リンクとなる可能性が示唆されました。

図4 ゲノム解析とプロテオーム解析に基づく酪酸と2-アミノイソ酪酸の推定生合成経路
以上のように、腸内細菌叢、糞便代謝物、投与菌のゲノムおよびプロテオームを統合したマルチオミクス解析により、C.hisashiiの酪酸およびAIB含有ランチビオティックの生合成能が腸内代謝環境の調節を介して下痢改善に寄与する可能性が示唆されました。
今後の期待本研究では、未利用海産資源を70~80℃で高温発酵させたリサイクル発酵産物から見いだされた好熱菌C.hisashiiの極少量の投与が、家畜モデルである牛の下痢を寛解させる傾向があることをフィールドモデル試験によって明らかにしました。これらの作用機序は、排せつ糞を対象としたマルチオミクス解析データとC.hisashiiのゲノム解析情報に基づいて、酪酸や2-アミノ酪酸含有のランチビオティックの生合成遺伝子群のクラスターが関与する可能性が示唆されました。酪酸は、免疫系の制御に関わる短鎖脂肪酸の一つであり、ランチビオティックは、ウイルスを含めた病原性微生物の低減に幅広く関与することが示唆されています。
下痢の制御はもとより、抗菌薬の削減による薬剤耐性菌のまん延を防ぐ取り組みは国際的な課題であり、本研究の成果は循環型社会における、新たな視点をもたらしたといえます。また、前述のように当該発酵産物は動植物の生産性の向上のみならず、環境負荷の軽減(化学肥料や化学農薬の使用軽減や温室効果ガスの発生抑制など)にも効果的であることが部分的に実証されています注1~8)。本菌を含有する資材を用いて農業現場(養鶏、養豚、養殖含む)で生産された農畜水産品は、すでに長年にわたり市場に流通しているものも多く、効率的かつ環境保全型の農畜水産技術の普及に有用である可能性があります。今後は、このような生産現場の努力が目に見える形で評価されることが必要であると考えています。
本研究の成果は、持続可能な開発目標(SDGs)[14]において、質の高い持続可能な一次産業の創成にもつながるとともに、将来のトランスレーショナルメディシン[5]、ネイチャーポジティブ、ならびに「One Health(ワンヘルス)」を目指した自然共生社会貢献につながることが期待されます。
補足説明理化学研究所
生命医科学研究センター
粘膜システム研究チーム
チームディレクター 大野 博司(オオノ・ヒロシ)
客員主管研究員 宮本 浩邦(ミヤモト・ヒロクニ)
(千葉大学 大学院園芸学研究院 客員教授、株式会社サーマス、日環科学株式会社)
研究員(研究当時)中西 裕美子(ナカニシ・ユミコ)
専門技術員 加藤 完(カトウ・タモツ)
共生微生物叢研究チーム
チームディレクター 須田 亙(スダ・ワタル)
テクニカルスタッフⅠ 進藤 智絵(シンドウ・チエ)
客員主管研究員(研究当時)服部 正平(ハットリ・マサヒラ)
(東京大学 名誉教授、早稲田大学 招聘研究員)
光量子工学研究センター
光量子制御技術開発チーム
専任研究員 守屋 繁春(モリヤ・シゲハル)
チームディレクター 和田 智之(ワダ・サトシ)
バイオリソース研究センター
統合情報開発室
室長 桝屋 啓志(マスヤ・ヒロシ)
研究員 鈴木 健大(スズキ・ケンタ)
(横浜国立大学 客員准教授)
環境資源科学研究センター
環境代謝分析研究チーム
チームディレクター 菊地 淳(キクチ・ジュン)
(横浜市立大学 客員教授)
特別研究員(研究当時)黒谷 篤之(クロタニ・アツシ)
(現 農業・食品産業技術総合研究機構 農業情報研究センター データ研究推進室 室長)
九州大学 大学院農学研究院
農学部附属農場高原農業実験実習場
准教授 髙橋 秀之(タカハシ・ヒデユキ)
学術研究員 山野 晴樹(ヤマノ・ハルキ)
(理研 生命医科学研究センター 粘膜システム研究チーム 客員研究員)
技術専門員(研究当時)衛藤 哲次(エトウ・テツジ)
技術専門職員 塩塚 雄二(シオツカ・ユウジ)
生命機能科学部門
准教授 田代 幸寛(タシロ・ユキヒロ)
千葉大学 大学院園芸学研究院
教授 児玉 浩明(コダマ・ヒロアキ)
金沢大学 疾患モデル総合研究センター 研究基盤支援施設
准教授 西内 巧(ニシウチ・タクミ)
広島大学 大学院統合生命科学研究科
助教 稲生 雄大(イナブ・ユウダイ)
北里大学 医療衛生学部 血液学研究室
講師 佐藤 隆司(サトウ・タカシ)
慶應義塾大学 先端生命科学研究所
特任教授 福田 真嗣(フクダ・シンジ)
(順天堂大学 特任教授、筑波大学 客員教授、千葉大学 客員教授、神奈川県立産業技術総合研究所 グループリーダー、株式会社メタジェン 代表取締役社長CEO)
京葉ガスエナジーソリューション株式会社
バイオ事業室
部長(研究当時)宇田川 元章(ウダガワ・モトアキ)
株式会社サーマス
研究部門長 松浦 真紀子(マツウラ・マキコ)
主任研究員 辻 直子(ツジ・ナオコ)
研究員(研究当時)石井 千歳(イシイ・チトセ)
研究員(研究当時)中熊 映乃(ナカグマ・テルノ)
株式会社三六九
代表取締役 宮本 久(ミヤモト・ヒサシ)
国立健康危機管理研究機構
名誉所員 山本 直樹(ヤマモト・ナオキ)
(東京医科歯科大学(現 東京科学大学)名誉教授)
本研究の供試プロバイオティクスであるカルディファーメンティバシラス・ヒサシイ(発見当時、Bacillus thermoamylovoransの近縁種であり、その後、Bacillus hisashiiとして新菌種登録)の単離成功後の同定解析(DOI:10.1099/ijsem.0.000516)において、多大なるご尽力を賜った故・森田英利先生(研究当時麻布大学教授、その後、岡山大学教授)のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
原論文情報理化学研究所
生命医科学研究センター
粘膜システム研究チーム
チームディレクター 大野 博司(オオノ・ヒロシ)
客員主管研究員 宮本 浩邦(ミヤモト・ヒロクニ)
共生微生物叢研究チーム
チームディレクター 須田 亙(スダ・ワタル)
客員主管研究員(研究当時)服部 正平(ハットリ・マサヒラ)
光量子工学研究センター 光量子制御技術開発チーム
チームディレクター 和田 智之(ワダ・サトシ)
バイオリソース研究センター 統合情報開発室
室長 桝屋 啓志(マスヤ・ヒロシ)
環境資源科学研究センター 環境代謝分析研究チーム
チームディレクター 菊地 淳(キクチ・ジュン)
九州大学 大学院農学研究院
准教授 髙橋 秀之(タカハシ・ヒデユキ)
千葉大学 大学院園芸学研究院
教授 児玉 浩明(コダマ・ヒロアキ)
金沢大学 疾患モデル総合研究センター 研究基盤支援施設
准教授 西内 巧(ニシウチ・タクミ)
広島大学 大学院統合生命科学研究科
助教 稲生 雄大(イナブ・ユウダイ)
北里大学 医療衛生学部
講師 佐藤 隆司(サトウ・タカシ)
慶應義塾大学 先端生命科学研究所
特任教授 福田 真嗣(フクダ・シンジ)
国立健康危機管理研究機構
名誉所員 山本 直樹(ヤマモト・ナオキ)
好熱菌関連の研究には多くの方々のご協力・ご支援をいただいており、改めて感謝申し上げます。本文中では記載できない点として、大学院でお世話になった末松誠先生(元・慶應義塾大学医学部長)のご紹介により伊藤喜久治先生(元・東京大学農学部教授)とのご縁が生まれ、複数種の好熱菌群の中から腸内生着性の高い候補菌群の発見につながりました。その後、畜産分野における適用試験が進み、九州大学の髙橋秀之先生(共同筆頭著者・共同責任著者)の現場での観察から好熱菌の一つC.hisashiiが下痢の寛解に有効である可能性が検討されました。これと並行して、千葉大学の児玉浩明先生、ならびに理研生命医科学研究センターの須田亙先生(いずれも共著者)らとともに好熱菌のゲノム解析を進めており、両者の成果を融合することで、本研究をまとめることができました。この研究の過程では、恩師でもある山本直樹先生(共著者)のご助言も踏まえて、本論文内では触れていないさまざまな検証をしており、今後のさらなる展開を期待しております。(宮本 浩邦)
報道担当理化学研究所 広報部 報道担当
お問い合わせフォーム
九州大学 広報課
Tel: 092-802-2130
Email: koho@jimu.kyushu-u.ac.jp
千葉大学 広報室
Tel: 043-290-2018
Email: koho-press@chiba-u.jp
金沢大学 医薬保健系事務部総務課総務係
Tel: 076-265-2109 / Fax: 076-234-4202
Email: t-isomu@adm.kanazawa-u.ac.jp
広島大学 広報室
Tel: 082-424-4383
Email: koho@office.hiroshima-u.ac.jp
学校法人北里研究所 広報室
Tel: 03-5791-6422
Email: kohoh@kitasato-u.ac.jp
慶應義塾大学先端生命科学研究所 渉外担当
Tel: 0235-29-0802
Email: pr2@iab.keio.ac.jp
国立健康危機管理研究機構 危機管理・運営局 広報管理部
Tel: 03-3202-7181
Email: press@jihs.go.jp
| # | Наименование новости | Тональность | Информативность | Дата публикации |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 暗黒の細胞死エレボーシスを制御する分子機構の解明 | 0 | 10 | 25-08-2026 |
| 2 | GLUT1欠損症の個別化治療に新たな可能性 | 0 | 60 | 28-09-2026 |
| 3 | プラスチック汚染の影響が「海辺の掃除屋」フナムシにまで | 0 | 10 | 20-08-2026 |
| 4 | 敗血症性肝障害を「タンパク質品質管理」の視点から解明 | 0 | 60 | 30-08-2026 |
| 5 | 肝疾患の重症化に伴う腸内細菌叢の「シフト」を解明 | 0 | 10 | 01-10-2026 |
| 6 | 幼少期の栄養が寿命を左右する仕組み | 0 | 10 | 23-09-2026 |
| 7 | ゴルジ体膜の脂質再編成が細胞内分解系を制御 | 0 | 10 | 28-08-2026 |
| 8 | Найден способный бороться с опасной желудочной бактерией фрукт | 0 | 10 | 12-10-2026 |
| 9 | Назван доступный способ наладить работу кишечника | 0 | 10 | 08-10-2026 |