-クロマチンの開き具合を高精度に定量する「UNIChro-seq」-
2026年9月2日
理化学研究所
慶應義塾大学医学部
-クロマチンの開き具合を高精度に定量する「UNIChro-seq」-
理化学研究所(理研)生命医科学研究センター ヒト免疫遺伝研究チームの石垣 和慶 チームディレクター(慶應義塾大学 医学部 微生物学・免疫学教室 教授)、自己免疫疾患研究チームの山本 一彦 チームディレクター、慶應義塾大学 医学部 微生物学・免疫学教室の河野 通大 助教、波多野 裕明 助教らの共同研究グループは、標的とするゲノム領域のクロマチン[1]の開き具合を高精度かつ効率的に定量する新手法「UNIChro-seq(ユニクロシーク)」を開発しました。
本研究成果は、自己免疫疾患[2]の発症に関わる遺伝的変異[3]の機能を明らかにし、疾患の発症メカニズムを解明する研究に貢献すると期待されます。
今回、共同研究グループは、標的とするゲノム領域由来のDNAだけを選択的に増幅し、個々のDNA分子を数えることで、クロマチンの開き具合を高精度に測定できるUNIChro-seqを開発しました。この技術をゲノム編集技術と組み合わせ、自己免疫疾患発症の原因となり得る遺伝的変異(原因変異)の機能を効率的かつ高精度に検証することに成功しました。また、広く用いられているゲノム編集を用いた機能解析に潜む問題点を定量的に明らかにし、その解決法を実証しました。さらに、これらの手法を用いて、T細胞[4]の分化や働きに関わるLEF1遺伝子の近傍にあるリスク変異が関節リウマチの発症に関わる分子機構の一端を実験的に示しました。
本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(8月21日付)に掲載されました。

標的ゲノム領域のクロマチンの開き具合を効率的に測るUNIChro-seq
ゲノムワイド関連解析[5]により、関節リウマチや全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患に関係する多数の遺伝的変異(リスク変異)が見つかっています。ゲノム上には、タンパク質の設計図となる遺伝子だけではなく、それらの遺伝子がいつ、どの程度働くかを調節する領域(遺伝子制御領域)も存在します。自己免疫疾患のリスク変異の多くは、遺伝子そのものではなく、このような遺伝子制御領域に存在します。そのため、それぞれのリスク変異が病気にどのように関わるのかを直接確かめることは容易ではありません。
細胞の核内では、DNAはヒストンなどのタンパク質に巻き付いた「クロマチン」という構造を取っています。遺伝子制御領域が働く際には、クロマチンが折り畳まれて強く閉じた状態から、転写因子などの遺伝子の働きを調節するタンパク質がDNAに結合できる開いた状態になる必要があります。クロマチンの開き具合は、遺伝子制御機能を調べる重要な指標で、その測定には網羅的オープンクロマチン領域解析(ATAC-seq)[6]という手法が広く用いられています。しかし、ATAC-seqはゲノム全体を対象とするため、多くのシーケンス[7]量、費用、実験操作を必要とする一方で、個々の候補領域から得られる情報は限られています。そのため、特定の領域を多数の細胞条件や時間点で詳しく調べるには、効率と精度の両面で課題がありました。
そこで共同研究グループは、ゲノム全体ではなく候補となる領域に由来するDNAを選択的に増幅し、そこから得られる情報量を大幅に増やすことで、少数の細胞からでもリスク変異の影響を高精度に測定する方法の開発を目指しました。
研究手法と成果共同研究グループは、ATAC-seqの原理を基に、クロマチンの開いた領域のDNAだけを、試料を識別するためのバーコード配列と、個々のDNA分子を識別するための固有分子識別子(UMI)[8]を付加した形に断片化しました。次に、標的とするゲノム領域由来のDNAだけを段階的なPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)で増幅し、複数の試料を混ぜて一度にシーケンスしました。解析時には、バーコード配列を基に各DNA断片がどの試料に由来するかを識別し、UMIを基に同じ分子に由来する重複を除くことで、開いたクロマチンに由来するDNA分子の数を正確に数えられるようにしました。この新しい手法を「UNIChro-seq(ユニクロシーク)」と名付けました(図1)。

図1 UNIChro-seqの原理
UNIChro-seqでは、ATAC-seqの原理を基に、開いたクロマチンに由来するDNA断片へ、試料を識別するためのバーコードと、個々のDNA分子を識別するための固有分子識別子(UMI)を付加する。標的領域は全DNA断片の中ではごくわずかであるが、標的領域に対するPCRにより選択的に濃縮することで、標的領域のシーケンスライブラリーを作製する。得られた配列情報から、バーコードを用いて試料を識別し、UMIを用いて同じ分子に由来する重複配列を除くことで、標的ゲノム領域のクロマチンの開き具合を定量する。
UNIChro-seqは、わずか10分子程度の微量なDNAを正確に捉えることができました。これは微量DNAの高感度定量に用いられるデジタルPCRに近い水準です。また、従来法と比較して標的領域を約3,800倍濃縮し、限られた試料からでも高精度な情報を効率よく得られることを示しました。これにより、標的領域の解析に必要なシーケンスリード[7]数を大幅に削減し、限られた試料からでも高精度な情報を効率よく得ることができます(図2)。

図2 UNIChro-seqによる標的領域の選択的濃縮
従来の網羅的オープンクロマチン領域解析(ATAC-seq)では、シーケンスリードがゲノム全体に分散される。一方、UNIChro-seqでは、標的ゲノム領域由来のDNAを選択的に増幅することで、リードを標的領域に集中させる。その結果、従来法と比べて標的領域を約3,800倍濃縮し、限られた試料からでも高精度な情報を効率よく得られることを示した。縦軸はリード数、横軸は染色体を示す。
次に、全身性エリテマトーデスおよび関節リウマチに関連するリスク変異を対象に、B細胞[9]またはCD4陽性T細胞[4]を活性化刺激後0~72時間にわたりUNIChro-seqを用いて解析しました。遺伝的変異がクロマチンの開き具合に及ぼす影響は、クロマチンアクセシビリティ量的形質遺伝子座(caQTL)[10]効果と呼ばれます。UNIChro-seqにより、少数の提供者から得た試料でも、多数の候補リスク変異のcaQTL効果を複数の時間点で効率よく定量でき、刺激に伴って効果が変化する変異も検出できました。
さらに、CRISPRゲノム編集[11]技術で人工的に導入した変異の効果を調べたところ、編集されたアレル[12]に、塩基配列そのものが持つ真の効果とは別の影響が加わり、見かけ上クロマチンが開いた状態にあると評価される場合があることが分かりました。共同研究グループはこの現象を「編集アレルバイアス」と呼び、ある変異を導入する編集と、その変異を元の配列に戻す逆向きの編集をそれぞれ行い、両者の効果を比較することで、変異そのものの真の効果と編集操作による偏りを分離できることを示しました(図3)。これによりゲノム編集そのものによる影響を区別しながら、遺伝的変異がクロマチンの開き具合に及ぼす影響をより正確に評価する方法を確立しました。

図3 双方向のゲノム編集により、変異そのものの真の効果と編集操作による偏りを分離
この手法を、関節リウマチに関連する遺伝的変異rs58107865に応用しました。その結果、Gアレル(リスクアレル)は、LEF1遺伝子近傍のクロマチンの開き具合を低下させる方向に働き、その影響は特にナイーブCD4陽性T細胞[4]で強いことが分かりました。また、関節リウマチ患者のナイーブCD4陽性T細胞では、健常者と比べてLEF1遺伝子の発現が低下していました。そこで、CD4陽性T細胞におけるLEF1遺伝子の発現を人工的に低下させて単細胞CITE-seq[13]などによる解析を行ったところ、活性化したナイーブCD4陽性T細胞が増加し、複数の疾患・免疫関連遺伝子の発現やクロマチンの状態が変化しました(図4)。これらの結果から、rs58107865のリスク変異によるLEF1遺伝子の発現低下が、関節リウマチの病態に関与する可能性が示されました。

図4 LEF1遺伝子の発現低下によるナイーブCD4陽性T細胞の活性化と各遺伝子の発現変化
CD4陽性T細胞におけるLEF1遺伝子の発現を人工的に低下させ、48時間後の細胞集団の割合と遺伝子発現を単細胞CITE-seqで解析した。
UNIChro-seqは、候補領域があらかじめ絞り込まれている場合に、少数の細胞、多数の試料、複数の時間点やゲノム編集条件を効率よく比較するための方法です。ゲノム全体を探索するATAC-seqを置き換えるものではなく、探索後の候補を詳しく検証する手法として補完的に利用できます。
本研究では、新たに開発した手法であるUNIChro-seqを用いて、自己免疫疾患リスク変異の機能を、細胞種や刺激後の時間変化まで含めて効率的に検証できることを示しました。特に、関節リウマチの候補リスク変異からLEF1遺伝子の発現低下、ナイーブCD4陽性T細胞の状態変化へとつながる分子経路を示した点は、遺伝学的な発見を病態理解へ結び付ける一例です。
一方、ゲノム編集実験では、編集操作そのものが測定結果に影響する可能性があるため、一方向の編集結果だけで因果関係を判断すると誤解につながる場合があります。本研究で示した双方向編集とUNIChro-seqの組み合わせは、こうした偏りを見分けるための実践的な枠組みになります。
今後の期待今後、ゲノムワイド解析で候補となった疾患関連リスク変異を、UNIChro-seqを用いて多数の細胞種、刺激条件、時間点で検証することで、これまで機能が不明だったリスク変異の働きを効率的に明らかにできると期待されます。また、患者由来細胞や治療前後の試料に応用し、特定領域のクロマチン状態を高感度に追跡することで、将来的には疾患の活動性、治療反応性、細胞状態を表す分子指標の開発につながる可能性があります。
UNIChro-seqは、ゲノム全体を探索する技術と組み合わせて、遺伝的変異から分子機能、細胞状態、疾患病態へとつながる過程を段階的に解明するための基盤技術として幅広い分野での活用が期待されます。
補足説明理化学研究所 生命医科学研究センター
ヒト免疫遺伝研究チーム
チームディレクター 石垣 和慶(イシガキ・カズヨシ)
(慶應義塾大学 医学部 微生物学・免疫学教室 教授)
自己免疫疾患研究チーム
チームディレクター 山本 一彦(ヤマモト・カズヒコ)
上級研究員 鈴木 亜香里(スズキ・アカリ)
慶應義塾大学 医学部 微生物学・免疫学教室
助教 河野 通大(コウノ・ミチヒロ)
(理研 生命医科学研究センター ヒト免疫遺伝研究チーム 客員研究員)
助教 波多野 裕明(ハタノ・ヒロアキ)
(理研 生命医科学研究センター ヒト免疫遺伝研究チーム 客員研究員)
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)次世代医療実現バイオバンク利活用プログラム(次世代医療実現推進プラットフォーム・創薬等出口につなげるデータ駆動型研究開発)「Polygenic risk scoreが生体に与える影響の評価に関する技術開発(研究代表者:石垣和慶)」、同免疫アレルギー疾患実用化研究事業「ゲノム編集技術を併用したリスク多型機能解析による関節リウマチの病態解明(研究代表者:石垣和慶)」、同ゲノム研究を創薬等出口に繋げる研究開発プログラム「バイオバンクを活用したT細胞受容体配列情報に基づく関節リウマチの新規診断マーカーの同定(研究代表者:石垣和慶)」、同免疫アレルギー疾患実用化研究事業「関節リウマチにおけるHLA遺伝子多型と喫煙の相互作用によるT細胞レベルの免疫寛容破綻の全容解明(研究代表者:石垣和慶)」、同生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)「生体試料を用いた大規模機能ゲノミクス解析支援及びヒト免疫機能評価基盤の高度化(研究代表者:桃沢幸秀)」、同SCARDAワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点形成事業「遺伝的多様性と機能に関するマルチオミックスを中心としたヒト免疫評価法の確立と支援の為のサポート機関(研究代表者:山本一彦)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「自己免疫疾患のリスク多型機能解析による個別化抗サイトカイン療法の確立(研究代表者:石垣和慶、JP22H03114)」、同研究活動スタート支援「自己免疫疾患のリスク多型の機能を制御する転写因子の探索(研究代表者:石垣和慶、JP21K20647)」、同若手研究「ゲノム編集技術とターゲット解析を駆使した関節リウマチリスク多型機能解析(研究代表者:河野通大、JP25K19621)」、慶應義塾大学学事振興資金、次世代研究プロジェクト推進プログラム、GSKジャパン研究助成2021、第一三共生命科学研究振興財団、持田記念医学薬学振興財団、上原記念生命科学財団、および武田薬品工業COCKPI-T Fundingによる助成を受けて行われました。
原論文情報理化学研究所
生命医科学研究センター
ヒト免疫遺伝研究チーム
チームディレクター 石垣 和慶(イシガキ・カズヨシ)
(慶應義塾大学 医学部 微生物学・免疫学教室 教授)
自己免疫疾患研究チーム
チームディレクター 山本 一彦(ヤマモト・カズヒコ)
慶應義塾大学 医学部
微生物学・免疫学教室
助教 河野 通大(コウノ・ミチヒロ)
助教 波多野 裕明(ハタノ・ヒロアキ)
理化学研究所 広報部 報道担当
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慶應義塾大学 信濃町キャンパス 総務課
Tel: 03-5363-3611 / Email: med-koho@adst.keio.ac.jp
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