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<Unbound Japan vol.4>KATSEYE/MAZZELらを手掛けるプロデューサーTaka Perry シドニーから東京へキャリアの歩みと日本の音楽の魅力

Дата публикации: 08-10-2026 09:00:00



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Interview & Text:Sakika Kumagai
Photo:興梠真穂

 エンタテインメント業界で、海外を拠点に活躍している方や日本の音楽を世界へ発信している方たちをインタビューする連載企画『Unbound Japan』。今回は、音楽プロデューサーのTaka Perryが登場。アメリカ人の父と日本人の母のもと、オーストラリアで生まれ育ち、現地でプロデューサーとしてキャリアを積んだ後、日本へと活動の幅を広げ、SIRUPやMAZZELなど国内アーティストの楽曲も数多く手掛けている。2024年には、プロデュースに携わったグローバルガールズグループKATSEYEの「Touch」が大ヒットを記録した。そんな彼に、これまでのキャリアや自身の制作について、また、オーストラリアで生まれ洋楽カルチャーの中で育った彼の目に、日本の音楽はどう映っているのか、話を聞いた。

オーストラリアから日本へ拠点を移すまで

――キャリアの出発はご出身のオーストラリアなんですね。

Taka Perry:生まれも育ちもオーストラリアのキャンベラで、高校までずっと住んでいました。キャンベラは首都なんですけど、割と人口は少ないんです。僕は高校時代からずっと音楽をやりたいって思っていたんですけど、オーストラリアで音楽がやりたい人は、シドニーかメルボルンに行く人がほとんどで。僕も高校を卒業してシドニーに引っ越して、そこからずっとオーストラリアで音楽活動をしていました。そのときは特に日本で活動したいとは考えていなくて、アメリカやイギリスに行きたいと思いつつ、シドニーで9年くらい活動していました。

――音楽制作に興味を持ち始めたのはいつ頃からでしたか?

Taka Perry:小学校からクラリネットを吹いてたんですけど、中学生の頃にロックスターに憧れて、独学でギターを習い始めました。そこから楽器を習うのが好きになって、ベースを触り始めたり、ピアノを弾き始めたり、中学校時代にはいろんな友達とバンドを組んで、レッチリとかニルバーナのカバーをしていて。バンドの曲や自分の曲をどうにかレコーディングしてみたいという気持ちが出てきて、12歳の誕生日プレゼントには、親からDAW(パソコンを使って作曲や録音、編集、ミックスなどを行うためのソフトウェア)を買ってもらい、レコーディングプロダクションや作曲にも興味を持ち始めました。その頃からバンドをやるよりも、裏で制作してる方への憧れが強くなっていましたね。

――プレイヤーとしても楽しさは感じつつ、作る側にはより興味があったんですね。

Taka Perry:そうですね。もともと楽器を弾いていた前提で制作を始めたので、今でも作ってる楽曲は楽器が多めだったり、生楽器を重要にしている曲が多いです。

――学生の頃は洋楽を聞いていたとのことですが、どのタイミングで日本の音楽にも興味を持ち始めたんですか?

Taka Perry:僕が中学生の頃、妹がすごくジャニーズのグループにはまっていたんです。日々、家の中では嵐やHey! Say! JUMPが流れていて。

――オーストラリアの家庭で、珍しいですね。

Taka Perry:そうなんですよ。家にいれば隣の部屋から聞こえてくるという程度でしたが、日本にはこういう音楽があるんだなって子供の頃から思っていて。高校生ごろから自分でも日本の音楽をディグり始めて、最初はONE OK ROCKやアジカンなどのJ-ROCKを聞いていました。

――日本へ活動の拠点を広げたのはいつ頃でしょうか?

Taka Perry:本格的に日本で音楽活動を始めたいと考え始めたのは2019~20年ごろのちょうどコロナが起きる直前ぐらいです。その時点でオーストラリアではプロデューサーとして 4~5年キャリアを積んでいて、結果も出てきていたんですが、オーストラリアは業界の規模に上限があるので、キャリアがある程度進むと、LAやロンドン、最近だったら韓国に拠点を移す人が多いんです。僕は日本語が話せるし、日本の文化も意識しているのに、いまだに日本の音楽シーンに触れてないのはもったいないと感じ始めて。

その時期は、JP THE WAVY、WILYWNKAなどヒップホップに憧れがあって、ヒップホップのビートメーカーを目指したいという気持ちで、日本でセッションを始めていきました。そこから年に3~4回ぐらい日本に来て、いろいろなアーティストに「今度日本に行くので、ぜひセッションやりたいです」みたいな感じのDMを送って。毎回3~4週間ぐらいの日程で日本に来てセッションして、オーストラリアに戻って、オーストラリアの楽曲を作る。そんな日々の繰り返しをしているうちに、オーストラリアより日本の案件の方が多くなってきたんです。キャリア的にも個人的にも日本に住みたかったですし、日本に拠点を移した方が長期的にも時間を有効に使えるかなと思って、去年引っ越しました。

――先ほど、アーティストに自らDMを送っていたとおっしゃってましたが、レスポンスはくるものなのですか?

Taka Perry:アーティストにもよりますが、結構多いですね。海外だと積極的なネットワーキングはもっと多いイメージですが、おそらく日本は文化的にも自分から何か送ることが少ないからか、だからこそ、DMを送るというのも新鮮に感じられたのかなと思います。僕としても返事が来なくても全然いいんです。送ってみて20%の確率で返ってくるとして、ゼロよりはいいから。オーストリアにいる間もいろんな日本のアーティストにDMを送って、関係値の種蒔きをして、日本に来てその種を育てる、みたいな。DMを送って、セッションをして、それがリリースに繋がるという流れが一番多いですね。

――DMでのメッセージからビジネスに繋げるのは難しくなかったですか?

Taka Perry:音楽業界って人間関係を中心にしていて、タイミング次第で仕事に繋がるということが多いと思います。だからアーティストとのファーストコンタクトではすぐに仕事に持っていく必要はないと思っていて。DMを送ってから、2年後に初めてセッションをすることもあったり、忘れたころに繋がるような縁もありましたね。

――オーストラリアで洋楽シーンの中で活動してから日本の音楽シーンに飛び込んでみたときに、苦労したことはありましたか?

Taka Perry:日本で音楽を始めたいと思った時点では、オーストラリアではプロデューサーの名義で結果も出ていたり経歴もありました。例えば、それをアメリカに持っていくとしたら、両方とも洋楽ですし英語圏なので、ある程度は通じるんです。でも日本に来たときに、それが日本のアーティストや業界の方に伝わらないことが多かったので、今まで積んできたキャリアを、日本に来て事務所や出版社なしでまた1から積み上げるというのが一番苦労しましたね。もちろん制作や作曲などのノウハウはもうすでにあったんですけど、ほかはゼロから作り直さなくてはいけなかったので、最初は苦労しました。

――そんな苦労もありつつ、英語と日本語のどちらもできるのは、やっぱり強みになりますよね。

Taka Perry:そうですね。オーストラリアにいた時は、日本語が話せても「へーすごいね」程度だったんですが(笑)。本当に、日本に来て初めてバイリンガルということが仕事に繋がるし、日本のアーティストと海外のアーティストがコラボしたときには両者を繋げるスキルになるんだと実感しました。ただ、バイリンガルプロデューサーですごい人というよりは、プロデューサーとして認められたいので、バイリンガルというのはおまけみたいな感じで考えてますね。

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