-電子の動きを「アト秒で変化させて利用する」研究に道-
2026年9月28日
理化学研究所
-電子の動きを「アト秒で変化させて利用する」研究に道-
理化学研究所(理研)光量子工学研究センター 未踏レーザー科学研究チームの今坂 光太郎 基礎科学特別研究員、高橋 栄治 チームディレクター、先端光学素子開発チームの山形 豊 チームディレクターらの研究チームは、アト秒(1アト秒は100京分の1秒)という極めて短い時間幅を持つアト秒レーザー[1]をサブミクロン(1,000分の1mm未満)サイズまで集光することに成功し、テーブルトップ型光源[2]由来のアト秒レーザーとして単位面積当たりの光の強さで世界最高値となる3.0×1015ワット毎平方センチメートル(W/cm2)のピーク強度[3]を実現しました。
本研究成果により、これまで困難であったアト秒非線形光学[4]やアト秒レーザー加工など、電子の動きを「観測する」だけでなく、「変化させて利用する」新しい超高速・高強度光科学の研究が大きく進展することが期待されます。
今回、研究チームは、理研で開発・運用しているギガワット(10億ワット)級アト秒レーザー(パルス幅226アト秒)に対して、高精度な楕円面(だえんめん)多層膜ミラー[5]を用いた集光光学系および、焦点位置の揺らぎを抑えながら集光サイズを測定する高空間分解能の測定・解析手法を新たに開発しました。その結果、アト秒レーザーとして世界で初めて、460ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)×360nmのサブミクロン集光に成功し、極端紫外域[6]において3.0×1015W/cm2のピーク強度を達成しました。また、ビーム転送の損失を低減することで、2.6×1016W/cm2の強度が達成可能であることも示されました。これは、従来のテーブルトップ型光源によるアト秒レーザーで報告されたピーク強度を100倍以上上回る値です。
本研究は、科学雑誌『Ultrafast Science』オンライン版(9月23日付)に掲載されました。

ギガワット級アト秒レーザーのサブミクロン集光イメージ
アト秒レーザーは、アト秒という極めて短い時間幅を持つレーザー光です。カメラのストロボのように用いることで、原子や分子、固体の中を高速で動く電子の動きを捉えられるため、主に電子の動きを「観測する」研究に用いられてきました。
研究チームは、その利用範囲を広げるため、高出力化に取り組み、2022年には、パルス幅226アト秒、ピーク出力1.1ギガワットのテーブルトップ型光源として世界最高出力のアト秒レーザーの開発に成功しました注)。アト秒レーザーを高強度化することで、電子の動きを「観測する」だけでなく、電子の状態を「変化させる」研究に利用することができます。
例えば、アト秒レーザーを非線形光学現象の研究に用いるには、その光をできるだけ小さく集光することで、単位面積当たりの光の強さであるピーク強度を高める必要があります。しかし、アト秒レーザーを理論的な限界(回折限界[7])まで小さく集光するには、集光に用いる反射鏡の表面を極めて高い精度で仕上げる必要があります。また、焦点位置のわずかな揺らぎも集光径の測定結果に影響するため、高精度な集光技術に加えて、集光径を正確に評価する測定技術も課題となっていました。
今回、研究チームは、高精度な楕円面多層膜ミラーによる集光光学系を構築し、焦点位置の安定化および揺らぎの影響を抑える測定・解析手法を組み合わせました。その結果、世界で初めてアト秒レーザーにおいて460nm×360nmのサブミクロンサイズ集光を実現し、極端紫外域において3.0×1015W/cm2のピーク強度を達成することに成功しました。具体的には次の通りです。
アト秒レーザーをサブミクロンサイズまで集光するには、集光ミラー表面の設計形状からのわずかな高さのずれが、反射光の波面を乱して集光スポットを広げる原因になります。研究チームは波動光学シミュレーションを行い、今回の集光光学系でサブミクロン集光を実現するには、局所的な高さのずれを数nm以下に抑える必要があると試算しました。
この検討結果に基づき、楕円面ミラーの基板を高精度に製作しました。反射層を形成する前に表面形状を測定したところ、1mm四方の領域における設計形状からの高さのずれは、その大きさを表す代表値として二乗平均平方根で評価すると、0.892nmでした(図1(a))。これは、シミュレーションから求めたサブミクロン集光に必要な条件を満たす値となります。その後、本研究で用いたアト秒レーザーの中心光子エネルギー(光を構成する光子が持つエネルギーの分布の中心値)である約60電子ボルト(eV、電子1個を1ボルトの電圧で加速したときに得られるエネルギー)付近で高い反射率を持つモリブデン/シリコン多層膜を表面に形成し、楕円面多層膜ミラーを製作しました(図1(b))。

図1 サブナノメートル級の局所表面形状精度を持つ楕円面多層膜ミラー
(a)反射層形成前に測定したミラー表面の形状誤差。色の濃さは設計形状からの高さのずれを示す。1mm四方の領域における形状誤差の二乗平均平方根は0.892nm。(b)モリブデン/シリコン多層膜から成る反射層を形成した楕円面ミラーの実物写真。
開発した楕円面多層膜ミラーをアト秒ビームラインに組み込み、前述のギガワット級アト秒レーザーを集光・測定する光学系を構築しました。アト秒レーザーは、約4m上流の発生点から楕円面多層膜ミラーへ入射し、進行方向を約90度変えた後、ミラーから60mm離れた位置に集光されます(図2)。楕円面多層膜ミラーは5軸ステージに取り付け、3方向の位置調整で焦点位置を合わせ、2方向の角度調整で集光スポットが最も小さくなるようにしました。また、集光サイズの大きさは、ナイフエッジ法[8]を用いて定量的に評価しました。

図2 アト秒レーザーの集光・測定光学系
楕円面多層膜ミラーでアト秒レーザーを反射・集光し、焦点に配置したナイフエッジ(鋭い端)を通過した光をX線CCDカメラで検出し、集光スポットサイズを評価する。
サブミクロンサイズまで集光したアト秒レーザーでは、ナイフエッジ法による測定中に焦点位置がわずかに変動することにより、集光径の評価精度が低下します。そこで研究チームは、実際の集光点とは別の、光学的に対応する位置に焦点像のレプリカ(複製)を形成し、その位置をリアルタイムで監視し、実際の集光点の位置をフィードバック制御する安定化システムを構築しました。その結果、長時間にわたり焦点位置を安定して保持できるようになりました(図3(a))。さらにシミュレーションにより、焦点位置の揺らぎに対して、焦点に配置したナイフエッジ(鋭い端)を通過する光強度が非対称に変化するため、複数の測定データの平均値を用いると集光径を過大評価する傾向があることを見いだしました(図3(b))。そこで、平均値に代えて中央値を用いることでこの影響を抑え、集光スポットをより正確に評価できるようにしました。

図3 焦点位置の安定化と集光径評価の高精度化
(a)集光点と光学的に対応する別の位置に形成した焦点像のレプリカを観測し、その位置情報を集光点のフィードバック制御に用いた。制御の有無による焦点位置の揺らぎを示す。(b)設定集光径を1マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)とし、焦点位置が標準偏差1μmで揺らぐ条件を仮定したナイフエッジ法による測定のシミュレーション結果。各測定位置で得た信号の平均値を用いると集光径を過大評価するのに対し、中央値を用いることで過大評価を抑えられることを示す。
以上の集光光学系と測定・解析手法を用いて、アト秒レーザーの集光スポットを水平方向と鉛直方向で測定しました(図4)。その結果、光強度が最大値の半分となる幅である半値全幅は、水平方向460±130nm、鉛直方向360±120nmとなりました。これにより、アト秒レーザーとして、世界で初めてサブミクロン集光を実現しました。また、得られた集光サイズは、波動光学シミュレーションから予測される回折限界に近い大きさであると評価されました。測定した集光径と、焦点に到達したパルスエネルギーおよびパルス幅から、ピーク強度を3.0×1015W/cm2と見積もりました。これは、テーブルトップ型光源由来のアト秒レーザーから得られるピーク強度として世界最高値となります。さらに、今後、光学系の改良によってビームの転送損失を低減できれば、ピーク強度が2.6×1016W/cm2に達すると試算されました。

図4 アト秒レーザーのサブミクロン集光
(a)水平方向、(b)鉛直方向のナイフエッジ法による測定結果。黒丸は各ナイフエッジ位置で得られた信号の中央値、赤線は測定データに最もよく合うように求めた曲線を示す。挿入図は、この曲線から再構成した集光スポットの光強度分布である。
本研究により、アト秒レーザーをサブミクロン領域に集光し、その大きさとピーク強度を正確に評価するための光学的技術基盤が構築されました。今後、光学系を改良してピーク強度を1016W/cm2級まで高めることで、これまで実証例が主に気体に限られていたアト秒非線形光学を、固体を含む幅広い物質へ展開できると期待されます。
さらに、アト秒レーザー光を二つのパルスに分け、一方のパルスで電子状態を変化させ、時間をずらした他方のパルスでその後の変化を観測する「アト秒ポンプ・アト秒プローブ計測」への応用が期待されます。これにより、電子状態がその後どのように変化していくかを、電子が動くアト秒の時間尺度で追跡できるようになると考えられます。また、極めて短い時間と小さな領域にエネルギーを集中できることから、材料表面の微細加工などへの応用も期待されます。本成果により、電子の動きを「観測する」だけでなく、「変化させて利用する」研究へと、アト秒レーザーの利用範囲がさらに広がることが期待できます。
補足説明理化学研究所 光量子工学研究センター
未踏レーザー科学研究チーム
チームディレクター 高橋 栄治(タカハシ・エイジ)
基礎科学特別研究員 今坂 光太郎(イマサカ・コウタロウ)
研究員 神田 夏輝(カンダ・ナツキ)
国際プログラム・アソシエイトディアンホン・ドン(Dianhong Dong)
客員研究員(研究当時)ビン・シュエ(Bing Xue)
専任研究員 鍋川 康夫(ナベカワ・ヤスオ)
先端光学素子開発チーム
チームディレクター 山形 豊(ヤマガタ・ユタカ)
上級研究員 細畠 拓也(ホソバタ・タクヤ)
基礎科学特別研究員(研究当時)江川 悟(エガワ・サトル)
本研究は、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「次世代アト秒レーザー光源と先端計測技術の開発(JPMXS0118068681)」などによる助成を受けて行われました。
原論文情報理化学研究所
光量子工学研究センター 未踏レーザー科学研究チーム
チームディレクター 高橋 栄治(タカハシ・エイジ)
基礎科学特別研究員 今坂 光太郎(イマサカ・コウタロウ)
先端光学素子開発チーム
チームディレクター 山形 豊(ヤマガタ・ユタカ)
理化学研究所 広報部 報道担当
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