BTSが新設された「Asian Pop部門」のもとでグラミー賞へのエントリーを見送った。歓迎されるはずの新カテゴリーは、本当に「多様性」の象徴なのか。それとも、アジア人だけを特別枠へ囲い込む新たな境界線なのかを考える。
グラミー賞を主催するレコーディング・アカデミーが「アジアのポップ音楽の多様性と成長を正当に評価するため」として2026年6月「最優秀アジアン・ポップ・パフォーマンス(Best Asian Pop Performance)」部門を新設した。そこから時を経ずして、BTSが楽曲の提出(エントリー)そのものを「見送った」。
この決断は、制度の欺瞞を直視した抗議の表明だと受け止める向きがある。
無論所属事務所のHYBEは詳しい理由まで語っていない。しかし4年ぶりにカムバックし、米ビルボードのメインアルバムチャート「ビルボード200」で初登場1位を記録。その後もトップ10圏内を維持するロングヒットとなっているBTS側からすれば、なんとしても主要賞を獲らせないための画策だと受け取ってもおかしくない。
当事者であるアーティスト側が危惧したのは、一見すると名誉に見えるこの部門が、実際にはアジア系アーティストを「アジアン・ポップ」という枠の中に限定し、最優秀アルバム賞や最優秀楽曲賞といった最高峰の主要4部門(General Field)での競合から実質的に遠ざけるガラスの天井(ゲトー化)として機能する点だ。CNNも「これは別の形の隔離(segregation)だ」と懸念する批評家やファンの声を報じた。カースト制度が残るインドの新聞Hindustan Timesも「インクルージョンというより隔離(feels more like segregation than inclusion)」と表現している。
同じことを繰り返してきた米エンタメ界この懸念は単なる不信感ではない。同じことをアメリカのエンターテインメント界は繰り返してきた。
たとえば、映画『ミナリ』(2020)が米国制作でありながらセリフの過半数が韓国語だという理由でゴールデン・グローブ賞の最高賞から排除され、「外国語映画賞」へ分類された事例。これはハリウッド内外で激しい議論を巻き起こした。
もしくはグラミー賞は長年、非欧米圏の多種多様な音楽を「ワールド・ミュージック(現グローバル・ミュージック)」と一括りに処理してきた構造がいい例だ。加えてグラミー賞はまた、アフリカ系アーティストの革新的なポップ作品を「アーバン」や「ラップ」へ押し込んできた歴史をもつ。
これらはいずれも、「欧米・白人・英語圏」を標準(ノーマティブ)とし、そこから外れる存在が本丸の領域を侵食しそうになると「専用の特別枠」を用意して囲い込み、メインストリームの支配的価値観を保護する「分離すれど平等(Separate but Equal)」の再来と言える。
*CNN「BTS say they won't submit music for next year's Grammys」(July 30, 2026)
Hindustan Times「BTS are right: The Grammys' new Asian Pop category feels more like segregation than inclusion」(July 29, 2026)

松井秀喜(2003年撮影)
この「主流からの隔離と評価の二重基準」は、MLB(メジャーリーグベースボール)における日本人選手やアジア人アスリートの市場価値づけにも色濃く影を落としている。MLBの伝統的球団や現地メディアにおいて、日本から渡米した超一級の選手たちが目覚ましい成績を残した際にも、その評価には特有の偏りが存在した。多くの日本人選手を獲得したニューヨーク・ヤンキースが、優勝に貢献しワールドシリーズMVPまで獲得した松井秀喜を直後(2009年に)放出したり、解説者が田中将大投手にマウンドでの通訳の帯同を禁止するべきだと“口撃”したり*と、常に何か隙を見つけてケチをつけ続けていたことを憶えている人も多いと思う。
彼らの能力が「普遍的で圧倒的なベースボール・アスリートとしての本質的価値」としてストレートに認められる以上に、「日本市場での放映権やスポンサー収益という商業的付加価値」として矮小化されたり、「欧米人とは異なる特異なスタイル(精密さ、珍しい変化球など)」といった変則的な文脈で語られがちであった点は見過ごせるものではない。
どれほど優れた実力を示しても、欧米の選手が「メジャーの本流」として評価されるのに対し、アジア系選手は「異次元からの来訪者」や「市場的客寄せ」という枠組み(フレーム)の中で処理される傾向があった。これは、アスリート個人の普遍的価値を認めるのではなく、「アジア枠」「特殊枠」というフィルターを通してしか価値づけを行わない、スポーツビジネスにおける他者化の構図だ。
*The Associated Press / theScore: “Remy, NESN issue apologies after Tanaka comments” (June 7, 2017)

1942年、カリフォルニア州アーケイディアのサンタアニタ・アセンブリー・センターから、列車で出発する友人たちに手を振る日系アメリカ人の収容者たちの写真。この収容所は、戦時中の大統領令第9066号に基づき西海岸から追放された12万人の日系アメリカ人の一部を収容するための施設だった。
文化・スポーツ界の「特別枠への囲い込み」を、第二次世界大戦中の「日系アメリカ人強制収容(Executive Order 9066)のようだ」と見る人もいる。
このふたつを接続して分析する際、まず知るべき歴史的区別が存在する。強制収容は、国家権力が特定の民族集団から憲法上の人権や市民権を奪い、財産を没収し、銃口のもとで物理的に強制隔離・監禁したという国家暴力の惨劇だ。一方で、現代のアワードのカテゴリ分けやスポーツ選手の契約評価は商業・文化市場における不平等や偏見の課題であり、人身の自由を奪う物理的強制力とは次元が異なる。
しかし、両者の根底に流れる「社会構造における排他性と思想的ロジック」には、明確な構造的相似が存在する。「見えない壁による領域の限定(Containment)」の(論理的)収容所は、アメリカ社会の中にいた日系人を物理的な有刺鉄線の中に囲い込み、主流社会から遮断した。現代のエンタメやスポーツにおける「アジアン枠」や「外国語枠」もまた、表現者を主要な土俵(メインストリーム)から別区画へ囲い込むことで、マジョリティの聖域(本流)の純粋性と優位性を担保しようと試みる。

L. Busacca//Getty Images
あの戦時強制収容の本質の一部には、日系社会の経済的成功や存在感の増大に対する白人社会の恐怖心と偏見があった。現代のK-Popやアジア系文化・アスリートの世界的な台頭もまた、欧米中心だった文化的主導権を揺るがす「脅威」として認知されていると考えられる。
主要部門で非欧米圏の表現者が市場を制覇することを回避し、専用の「箱」を与えることでその影響力を管理可能な領域に留めようとする動機は、排他主義の系譜上に位置する。「マジョリティ主導のラベル貼り」の権化たる収容所において「敵性外国人」という一括りのレッテルが貼られたように、多種多様な背景を持つアーティストを十把一絡げにして「Asian Pop」や「World Music」と名付ける行為は、マイノリティ側の個性を奪い、マジョリティ側から見た「管理しやすい他者」として定義する権力構造の表れだ。
BTSがグラミー賞のエントリー辞退を通じて示したのが、あてがわれた「特別席」におとなしく収まることを拒み、主流の枠組みそのものを解体する抗議、もしくは制度が持つ根本的な二重基準を突き崩す強いメッセージだとすると、それは勇気ある行為だ。
制度に疑問を持つ人が声をあげなかったなら、エミー賞で「イカゲーム」が主要部門をとることも、ゴールデングローブ賞やエミー賞で「SHOGUN 将軍」が作品賞を獲得することはまずなかっただろう。
戦時の強制収容から現代の文化市場に至るまで、形を変えながら繰り返される「囲い込み」の構造に対し、私たちが求めるべきは「マイノリティ専用の部屋」を用意する擬似的な多様性ではない。「多様性とかよくわからない」と軽視する人は易々とのっかってしまうかもしれないが、本丸の扉を等しく開き、背景や言語を問わずすべての表現者が同じ土俵で普遍的に評価される真の対等性の実現がなければ、それは「ワールドクラス」でも、「グローバル」でもない。あくまでひとつの国の閉じた国内イベントに留まることになる。それもまた、いいのかもしれないが……。
これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
「BTS won't submit to Grammy Awards after new 'Asian pop' category introduced」とタイトルを打たれたこの動画は、BTSがグラミー賞の新カテゴリ「Asian Pop」導入を受けてエントリーを辞退した最新の動向と、それに対する現地メディアやグラミー側の見解を直接報じており、本論の背景を理解する上で非常に有用だ。
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